今週の木曜日だったか、やはり、菅首相は、玄葉政調会長と共に
消費税10%増税について言及した。
これで、菅直人総理を担ぐ七奉行一派の本質がはっきりした。
橋本政権から小泉政権にかけての自民党と
本質的に同じ体質だ。というか、石弘光氏のように
小泉政権のブレーンから菅政権のブレーンになった人物もいる。
これで、参院選で民主党(小沢系でない)七奉行派が勝ったら、
ほぼ単独政権になるだろうが、もしそうでなかったら、
自民党との増税をキーワードにした大連立の可能性が
考えられる。
この場合、小沢系や国民新党、社民党などは、
かつて翼賛体制に反対した議員たち(保守から左翼まで含まれる)
が結成した同交会のような役割を果たすのではないだろうか。
その意味で、新進党崩壊後、自由党の時代から
増税に反対し続けてきた小沢一郎氏の言動は一貫している。
また、その方が本当の国民全般のための政策として支持できる。
話が変わって、昨日(18日)の太田総理では、
機密費問題をテーマにしていた。
野中発言から1ヶ月半経ってから、
ワールドカップの裏でこのテーマを放送するのは
ナベツネ、氏家体制らしい姑息なやり方だと思う。
しかも、さも鳩山前政権が主にやっていたかのような
いやらしい展開だった。
読売、日テレ系にとっての免罪符として機能させるために
今回の内容になったのだろう。
三宅久之氏も本当は出演するべきだったのに。
ただし、出演者の中では、上杉隆氏については批判も多いが、
佐藤優氏の唱える、
権力党員の定義に当てはまる人物という意味では
彼の言動は一貫していると私は思う。
その意味をふまえて、彼のジャーナリストとしての活動を
判断したほうが賢明だと考えた。
最後に、
ここ最近、故江藤淳氏が小沢一郎氏について書き残した
文章を悪用したと批判されている屋山太郎氏は、
90年代後半には、小泉純一郎待望論を「諸君」に
書いていた。
同じように、山際澄夫氏はゼロ年代前半に、
安倍晋三待望論の本を出していた。
この二人の言動には極めてバイアスがかかっているので、
雑誌やテレビでの彼等の言動には、
よほど注意してかかった方がよいと思う。
2010年6月19日土曜日
2010年6月8日火曜日
「クリーンな政治というものは存在しない論」について
先日、評論家の山崎行太郎氏が、自身のブログで、
「そもそもクリーンな政治などというものは存在しない」という
思想的立場から、鳩山前首相の辞任演説のうちの
いわゆる「政治とカネ」の部分を批判した。
この件について、私は、最初の二日間ほどは
どう判断してよいものか正直迷っていたが、
菅内閣の政治姿勢が明らかになるにつれて、
今では非常に共感できる。
おそらく、鳩山前首相は、アメリカの脅しに屈して、
沖縄県民、社民党に続いて、小沢一郎をも心中という形で
裏切ったのだろう。
それも、公開の場で小沢はダーティーな政治家だという
イメージを植え付ける内容の演説を行って、
自分だけ戦線離脱するというやり方で、
小沢の顔に泥を塗るという悪質なやり方だった。
過去にも書いたように、
政治的にクリーンであるということを追求する政治体制は、
一般国民にもクリーンさを押しつける政策を採り始め、
やがて、結果的に、圧政または暴政が始まっていく。
すでに、表現の自由、通信の自由の分野から、
誰も文句の言えない性表現への規制という形でこの兆候がみられる。
このことが、最終的には日本のコンテンツ産業を窒息させ
衰退させかねない。
また、政治家個人の金銭的自由を制限したら、
最終的には、共産党のような前衛党や、
もしくは宗教政党しか自由な政治活動ができなくなってしまう。
それで最近では、保守系の議員が宗教的組織票頼みで
選挙活動を行ったり、
もともとは小政党的派閥の集合体であった自民党が、
小泉政権時代には前衛党化現象を起こしたりして、
クリーンな政治を追求することにより、
悪い意味での保守政党の変質をもたらした。
この現象について、かつて、渡部昇一氏は「腐敗の時代」の中で
いわゆるダーティーな政治というものを擁護していた。
そのことが気になって、最近の著書や雑誌に載った文章に
あたったりしたが、
私の知る限りでは、最近ではこの件については触れていない。
しかも、小鳩政権への評価について極めて偏った点が見受けられる。
この件については、また後の機会に書く。
「そもそもクリーンな政治などというものは存在しない」という
思想的立場から、鳩山前首相の辞任演説のうちの
いわゆる「政治とカネ」の部分を批判した。
この件について、私は、最初の二日間ほどは
どう判断してよいものか正直迷っていたが、
菅内閣の政治姿勢が明らかになるにつれて、
今では非常に共感できる。
おそらく、鳩山前首相は、アメリカの脅しに屈して、
沖縄県民、社民党に続いて、小沢一郎をも心中という形で
裏切ったのだろう。
それも、公開の場で小沢はダーティーな政治家だという
イメージを植え付ける内容の演説を行って、
自分だけ戦線離脱するというやり方で、
小沢の顔に泥を塗るという悪質なやり方だった。
過去にも書いたように、
政治的にクリーンであるということを追求する政治体制は、
一般国民にもクリーンさを押しつける政策を採り始め、
やがて、結果的に、圧政または暴政が始まっていく。
すでに、表現の自由、通信の自由の分野から、
誰も文句の言えない性表現への規制という形でこの兆候がみられる。
このことが、最終的には日本のコンテンツ産業を窒息させ
衰退させかねない。
また、政治家個人の金銭的自由を制限したら、
最終的には、共産党のような前衛党や、
もしくは宗教政党しか自由な政治活動ができなくなってしまう。
それで最近では、保守系の議員が宗教的組織票頼みで
選挙活動を行ったり、
もともとは小政党的派閥の集合体であった自民党が、
小泉政権時代には前衛党化現象を起こしたりして、
クリーンな政治を追求することにより、
悪い意味での保守政党の変質をもたらした。
この現象について、かつて、渡部昇一氏は「腐敗の時代」の中で
いわゆるダーティーな政治というものを擁護していた。
そのことが気になって、最近の著書や雑誌に載った文章に
あたったりしたが、
私の知る限りでは、最近ではこの件については触れていない。
しかも、小鳩政権への評価について極めて偏った点が見受けられる。
この件については、また後の機会に書く。
2010年6月6日日曜日
菅直人内閣の第2自社さ政権化、そして増税へ
ここ1週間ほどの政治の流れを見ていて、
15、6年前の自社さ政権の頃のことを思い出した。
当時と同じか、さらにおかしな事が
民主党内部の主導権争いで起こったのだと思う。
今回の件で、旧社会党右派および旧社民連が
枝野、前原一派と手を結んだことのダメージが大きかった。
それは、細川政権崩壊の際に、
自民党が旧社会党を連立政権から引き離したことに匹敵する。
当時は小泉純一郎たちYKKや野中広務が裏で暗躍した。
今から思えば、1993年に細川護煕が結党した日本新党は
第2清和会だったのだなと、枝野や前原を見ていて私は感じた。
そしてその中に、自民党と気脈を通じた増税やむなし派が
いることを、私は警戒する。
だから、事業仕分けのときに
自民党のブレーンだった石弘光が
仕分け人のメンバーに加わっていたのだなと、
今の時点で気がついた。
しばらくしたら、菅政権が、国民の福祉再建のためには
消費税を10%前後に上げなければいけないと
キャンペーンし始めるのだろう。
しかし、村山政権のあとを継いだ橋本政権が、
全く同じ論理およびレトリックで当時3%だった
消費税を今の5%に値上げしたのを支持して、
その後、「しまった、騙された!」と思った現在では、
今度もまた同じレトリックには騙されないと
心の中に留めてはいる。
話は変わって、
今回、社民党は連立から離脱して正解だったのではないか。
このまま政権に残っても、民主党の変節に引きずられて、
村山政権のときのように、党勢を弱体化させられる可能性があった。
逆に、国民新党のほうが心配だ。
亀井静香金融相もまた取り込まれたのだろうか?
今のところはわからないが、
もしそうだったら、国民新党は民主党に吸収合併されかねないし、
そうでなかったら、
枝野、前原、仙谷ら菅首相を担いでいる勢力と対立して、
連立を離脱する可能性もある。
しかも、そちらのほうが現状では賢明な選択なのかもしれないが、
はたして亀井氏はどうでるのだろうか。
15、6年前の自社さ政権の頃のことを思い出した。
当時と同じか、さらにおかしな事が
民主党内部の主導権争いで起こったのだと思う。
今回の件で、旧社会党右派および旧社民連が
枝野、前原一派と手を結んだことのダメージが大きかった。
それは、細川政権崩壊の際に、
自民党が旧社会党を連立政権から引き離したことに匹敵する。
当時は小泉純一郎たちYKKや野中広務が裏で暗躍した。
今から思えば、1993年に細川護煕が結党した日本新党は
第2清和会だったのだなと、枝野や前原を見ていて私は感じた。
そしてその中に、自民党と気脈を通じた増税やむなし派が
いることを、私は警戒する。
だから、事業仕分けのときに
自民党のブレーンだった石弘光が
仕分け人のメンバーに加わっていたのだなと、
今の時点で気がついた。
しばらくしたら、菅政権が、国民の福祉再建のためには
消費税を10%前後に上げなければいけないと
キャンペーンし始めるのだろう。
しかし、村山政権のあとを継いだ橋本政権が、
全く同じ論理およびレトリックで当時3%だった
消費税を今の5%に値上げしたのを支持して、
その後、「しまった、騙された!」と思った現在では、
今度もまた同じレトリックには騙されないと
心の中に留めてはいる。
話は変わって、
今回、社民党は連立から離脱して正解だったのではないか。
このまま政権に残っても、民主党の変節に引きずられて、
村山政権のときのように、党勢を弱体化させられる可能性があった。
逆に、国民新党のほうが心配だ。
亀井静香金融相もまた取り込まれたのだろうか?
今のところはわからないが、
もしそうだったら、国民新党は民主党に吸収合併されかねないし、
そうでなかったら、
枝野、前原、仙谷ら菅首相を担いでいる勢力と対立して、
連立を離脱する可能性もある。
しかも、そちらのほうが現状では賢明な選択なのかもしれないが、
はたして亀井氏はどうでるのだろうか。
2010年5月28日金曜日
横田基地問題を棚に上げる石原都知事の鳩山批判
今回の全国知事会に出席した石原慎太郎都知事が、
鳩山首相のやり方はナンセンスだという趣旨の発言を
マスコミ向けに行ったが、
彼のお膝元の横田基地問題では、
知事初当選から10年以上たってもほとんど進展がない
公約破り状態になっている。
それにくらべたら、今回は敗れたにせよ、
鳩山首相は、就任1年以内のこの時点で、
アメリカと愚直に正面から交渉した姿勢が、
沖縄県民だけでなく日本国民すべてに対して
真摯な態度ではないのかと私は感じた。
石原都知事が1999年に初当選したときの公約の一つに、
横田基地のアメリカからの返還および、
民軍共用にして成田、羽田に次ぐ首都圏の第三の国際空港化という
ものがあったが、
今ではほとんど無かったかのように扱われている。
マスコミ的に言えば、この公約を支持して彼に投票した人達に
対する説明責任を石原都知事は果たしていない。
この二つの件を比較して、
石原慎太郎は、本当は民族派の皮をかぶったポチ保守なのだなと
判断して、離れていく元支持者も一部だろうがいるのではないか。
私も昔はそうだったから、
片田舎から中央の動きを観察していて
多分そうなるだろうと判断している。
鳩山首相のやり方はナンセンスだという趣旨の発言を
マスコミ向けに行ったが、
彼のお膝元の横田基地問題では、
知事初当選から10年以上たってもほとんど進展がない
公約破り状態になっている。
それにくらべたら、今回は敗れたにせよ、
鳩山首相は、就任1年以内のこの時点で、
アメリカと愚直に正面から交渉した姿勢が、
沖縄県民だけでなく日本国民すべてに対して
真摯な態度ではないのかと私は感じた。
石原都知事が1999年に初当選したときの公約の一つに、
横田基地のアメリカからの返還および、
民軍共用にして成田、羽田に次ぐ首都圏の第三の国際空港化という
ものがあったが、
今ではほとんど無かったかのように扱われている。
マスコミ的に言えば、この公約を支持して彼に投票した人達に
対する説明責任を石原都知事は果たしていない。
この二つの件を比較して、
石原慎太郎は、本当は民族派の皮をかぶったポチ保守なのだなと
判断して、離れていく元支持者も一部だろうがいるのではないか。
私も昔はそうだったから、
片田舎から中央の動きを観察していて
多分そうなるだろうと判断している。
2010年5月22日土曜日
太田光と中沢新一の関係は今どうなっているのか?
昨日の晩、父親が居間のテレビで太田総理を観ていたが、
それを隣の台所で聞きながらふと思ったことがあった。
私はこの番組が嫌いなので、最近は全く観ていない。
その理由として、
数年前に、「憲法九条を世界遺産に」という本を
中沢新一との共著として出した人物として、
最近のこの番組での言動が、
ほとんど転向といってもいいほどぶれていると感じるからだ。
もともと新左翼よりも古い、
1950年代的左翼といってもよいぐらいの
思想傾向の持ち主だった彼が、
最近では、竹中平蔵ばりの新自由主義者か
宗教右翼の人間にすら感じられる。
たぶんナベツネの圧力なんだろうが、
読売新聞本体や、たちあがれ日本が改憲を唱えだしたら、
太田光自身が改憲論を言い出す可能性がある。
その上で、太田光と中沢新一との関係は
今どうなっているのだろうかと考えてみた。
現在では、昔に比べて二人の関係が
ギクシャクしている可能性がありうると思ったことがある。
昨年(09年)2月、
NHKの爆問学問に藤枝守が出演したときの
互いに話が噛み合わない微妙な放送を観た時の印象から
今に思えばそう感じられるのだ。
藤枝氏の著書「響きの考古学」の
平凡社ライブラリー版の解説を中沢新一が書いている。
他にも一緒に仕事をしたことがあるので、
藤枝氏は中沢人脈に連なる人物と判断できる。
太田光はこのことを分かっていて、
このような態度に出たのかなと私は推測した。
そういえば、話は変わるが、
一部で有名なあの三宝会という団体名の「三宝」が
仏教用語なのがすごく気になった。
新聞やテレビなどの中枢にも、
いわゆる「保守のカルト汚染」と同じ現象が
起こっている可能性が考えられる。
これからも、マスコミの報道にどのようなバイアスが
かかっているのか、観察していこうと思っている。
それを隣の台所で聞きながらふと思ったことがあった。
私はこの番組が嫌いなので、最近は全く観ていない。
その理由として、
数年前に、「憲法九条を世界遺産に」という本を
中沢新一との共著として出した人物として、
最近のこの番組での言動が、
ほとんど転向といってもいいほどぶれていると感じるからだ。
もともと新左翼よりも古い、
1950年代的左翼といってもよいぐらいの
思想傾向の持ち主だった彼が、
最近では、竹中平蔵ばりの新自由主義者か
宗教右翼の人間にすら感じられる。
たぶんナベツネの圧力なんだろうが、
読売新聞本体や、たちあがれ日本が改憲を唱えだしたら、
太田光自身が改憲論を言い出す可能性がある。
その上で、太田光と中沢新一との関係は
今どうなっているのだろうかと考えてみた。
現在では、昔に比べて二人の関係が
ギクシャクしている可能性がありうると思ったことがある。
昨年(09年)2月、
NHKの爆問学問に藤枝守が出演したときの
互いに話が噛み合わない微妙な放送を観た時の印象から
今に思えばそう感じられるのだ。
藤枝氏の著書「響きの考古学」の
平凡社ライブラリー版の解説を中沢新一が書いている。
他にも一緒に仕事をしたことがあるので、
藤枝氏は中沢人脈に連なる人物と判断できる。
太田光はこのことを分かっていて、
このような態度に出たのかなと私は推測した。
そういえば、話は変わるが、
一部で有名なあの三宝会という団体名の「三宝」が
仏教用語なのがすごく気になった。
新聞やテレビなどの中枢にも、
いわゆる「保守のカルト汚染」と同じ現象が
起こっている可能性が考えられる。
これからも、マスコミの報道にどのようなバイアスが
かかっているのか、観察していこうと思っている。
2010年5月17日月曜日
能楽堂ライヴに行って
昨日(17日)、大仙市協和にある唐松神社近くの能楽堂で
行われたライヴを観に行ってきた。
ディジュリドゥ奏者の玄武という人と、
フォークトロニカの2人組バンドHerr(ヒア)の
二組の演奏だったが、会場への到着が予定よりも1時間近く
遅れてしまい、1ステージ目の玄武の演奏は到着と同時に終了。
休憩を挟んで次のHerrの演奏がスタート。
歌ものの弾き語り+空間系エフェクターを多用したギターに
時折シンセなどの効果音が入る。
曲によっては、歌詞が私小説フォーク的なところもあったりして、
個人的にはどうかなという所もあったが、最後の曲は良かった。
その後、また休憩をはさんで、
玄武とHerrのジャムセッションがスタート。
これはアンビエントかつミニマルで、
途中、ギターとシンセの絡みが
マニエル・ゴッチングをイメージさせたりもして、
それはそれで面白かった。
休憩中、バンドのメンバーとは少し会話をしたが、
この手の音楽性(音響系以降)のバンドは、
秋田市や盛岡市などの都市部は別として、
このあたりではほとんどいないらしい。
多分そうだろうな。
私も、バンドメンバー募集の広告を出したことがあるが、
2人ぐらいしか連絡がこなかった。
その日は夜にもイベントがあったようだが、
そちらには顔を出さずに帰宅の途についた。
行われたライヴを観に行ってきた。
ディジュリドゥ奏者の玄武という人と、
フォークトロニカの2人組バンドHerr(ヒア)の
二組の演奏だったが、会場への到着が予定よりも1時間近く
遅れてしまい、1ステージ目の玄武の演奏は到着と同時に終了。
休憩を挟んで次のHerrの演奏がスタート。
歌ものの弾き語り+空間系エフェクターを多用したギターに
時折シンセなどの効果音が入る。
曲によっては、歌詞が私小説フォーク的なところもあったりして、
個人的にはどうかなという所もあったが、最後の曲は良かった。
その後、また休憩をはさんで、
玄武とHerrのジャムセッションがスタート。
これはアンビエントかつミニマルで、
途中、ギターとシンセの絡みが
マニエル・ゴッチングをイメージさせたりもして、
それはそれで面白かった。
休憩中、バンドのメンバーとは少し会話をしたが、
この手の音楽性(音響系以降)のバンドは、
秋田市や盛岡市などの都市部は別として、
このあたりではほとんどいないらしい。
多分そうだろうな。
私も、バンドメンバー募集の広告を出したことがあるが、
2人ぐらいしか連絡がこなかった。
その日は夜にもイベントがあったようだが、
そちらには顔を出さずに帰宅の途についた。
2010年5月12日水曜日
三宅久之、第3極あるいは第3党
今週の月曜に、テレビをつけたまま履歴書を書いていると、
TVタックルが始まって、
三宅久之がしれーっと何事も無かったかのように出演していて、
いつものように厚顔無恥に話しているのを観て、
私は途中で不愉快になってテレビを消した。
彼は、例の野中広務発言から始まった機密費疑惑には
一切触れずに、これからもテレビに出演し続けるのだろうか。
日曜日のやしきたかじんの番組は、
この前は、私の地元ではマラソンのため放送していなかったが、
他の地域ではどうだったのだろうか?
宮崎哲弥も同じだ。
こんな内容の番組ばっかりたれ流すのだったら、
テレビは滅んでも仕方がないと思う。
それこそ自業自得または自己責任そのものではないか。
話は変わるが、新聞やテレビで、
イギリスの第3党である自民党の報道をやたらに目にするが、
アメリカの第3極または第3党としての
ティーパーティーの運動については、
私が知っている限りでは、読売新聞が一度だけ報道しただけで、
日本では、ネット言論を除いてはほとんど目にすることはない。
90年代のロス・ペローの改革党の運動や、
ゼロ年代初頭の緑の党と比べても、
全然報道されない。
イギリスの自民党は元々ホイッグ党~自由党の流れなので、
トーリー党が前身の保守党と連立することで、
無産政党である労働党に対する有産階級の政党として、
本当の意味での二大政党制になるのではないのかと
思うのだが。
話が戻って、
92年頃、音楽雑誌「クロスビート」の
ソニック・ユースのインタビューで、
個人名は思い出せないのだが、
メンバーが、ロス・ペローの運動について聞かれたとき、
あれはレッドネックの運動で、パパブッシュよりも
悪いという趣旨の発言をしていたのを記憶している。
当時は、私はその本当の意味を理解していなかったが、
いまでは、リベラルで進歩的な都市住民達が
本音では、田舎の人間達を蔑視しているのではないかという
象徴的な発言だったのだなと感じるようになった。
日本でも本当はそうなのではないか。
田舎住民がそう思われても仕方ない部分はあるのは
事実だが、
都市と田舎の両方の人間達を見てきた私は、
もやもやとした、何か釈然としないものを感じている。
TVタックルが始まって、
三宅久之がしれーっと何事も無かったかのように出演していて、
いつものように厚顔無恥に話しているのを観て、
私は途中で不愉快になってテレビを消した。
彼は、例の野中広務発言から始まった機密費疑惑には
一切触れずに、これからもテレビに出演し続けるのだろうか。
日曜日のやしきたかじんの番組は、
この前は、私の地元ではマラソンのため放送していなかったが、
他の地域ではどうだったのだろうか?
宮崎哲弥も同じだ。
こんな内容の番組ばっかりたれ流すのだったら、
テレビは滅んでも仕方がないと思う。
それこそ自業自得または自己責任そのものではないか。
話は変わるが、新聞やテレビで、
イギリスの第3党である自民党の報道をやたらに目にするが、
アメリカの第3極または第3党としての
ティーパーティーの運動については、
私が知っている限りでは、読売新聞が一度だけ報道しただけで、
日本では、ネット言論を除いてはほとんど目にすることはない。
90年代のロス・ペローの改革党の運動や、
ゼロ年代初頭の緑の党と比べても、
全然報道されない。
イギリスの自民党は元々ホイッグ党~自由党の流れなので、
トーリー党が前身の保守党と連立することで、
無産政党である労働党に対する有産階級の政党として、
本当の意味での二大政党制になるのではないのかと
思うのだが。
話が戻って、
92年頃、音楽雑誌「クロスビート」の
ソニック・ユースのインタビューで、
個人名は思い出せないのだが、
メンバーが、ロス・ペローの運動について聞かれたとき、
あれはレッドネックの運動で、パパブッシュよりも
悪いという趣旨の発言をしていたのを記憶している。
当時は、私はその本当の意味を理解していなかったが、
いまでは、リベラルで進歩的な都市住民達が
本音では、田舎の人間達を蔑視しているのではないかという
象徴的な発言だったのだなと感じるようになった。
日本でも本当はそうなのではないか。
田舎住民がそう思われても仕方ない部分はあるのは
事実だが、
都市と田舎の両方の人間達を見てきた私は、
もやもやとした、何か釈然としないものを感じている。
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