2010年1月15日金曜日

マスコミこそ説明責任があるのではないのか?

昨日と今日(14,15日)の、
新聞各紙の小沢一郎に関する記事を読んでみた。
朝日、読売、産経、日経及び、
地方紙(河北新報、秋田魁新報)では、
今回の検察の強制捜査の理由は、平成16年(2004年)の
4億円が不記載であるためということになっている。
毎日だけは金額および理由が異なっている。
ほかにも、テレビやネット上では、色々な情報が入り乱れている。
ただ、基本的には、ほとんどの新聞では4億円が不記載であるとの
断定がされている。

この件については、
今月10日のサンデープロジェクトの番組内で、
郷原信郎氏が2004年度官報に記載されていると、
官報のコピーを見せたことが知れ渡っているのに、
新聞各紙は、これを無かった事にしようとしている。
しかも、この件が広まると、
17年度の4億円も含めて8億円だと書き出したりして、
まるで、小沢氏の政治資金全体がいけないという
問題にすりかえられているとしか思えない。
これではロッキード事件と同じではないのか。

それでは新聞業界が山本一太議員に献金した3千万円は
問題は全くないのだろうか。
この件についてのマスコミからの説明は聞いたことが無い。
ほかにもいるだろうが、それらと小沢氏の政治資金との違い
についてマスコミには説明責任がある。

小室直樹氏が、ロッキード事件の時の報道について、
法律の議論と、立憲の本義(議会政治の原則)と、
倫理の議論とが混同されていると書いたことがあるが、
今回も、マスコミと検察は同じことを行っていると思える。
マスコミと検察が、民主的に選ばれた政治家をターゲットにして、
失脚に追い込むというやり方は、
昨年のホンジュラスの大統領亡命を思い起こさせる。
中南米や東南アジアで軍部が行っていることを、
日本では、検察、警察、マスコミが行っている。

政治資金の件に戻るが、
そもそも個人としての政治家の政治資金を
規制してしまったら、
公明党のような宗教政党や、
共産党のような前衛党タイプの政党しか
政治活動ができなくなってしまうではないか。
これでは民主主義が窒息してしまう。
そのせいか、現在の自民党は宗教右翼とレイシストを
支持基盤とする政党になってしまった。

2009年12月20日日曜日

稲田朋美は宮内義彦の子分か?

今回の宮中騒動で、羽毛田宮内庁長官の、
小泉純一郎の息のかかった人物であり、
かつ、長州人脈(長州閥)であるという正体を知り、
そういえばと思い出したので、調べたことがある。
それは、昨年(08年)映画「靖国」を政治問題化させた
火付け役であり、福井県1区選出の衆議院議員である
稲田朋美という人物についてである。

早速、調べてみたのだが、
なんとこの人物は、オリックスの100%子会社である
「オリックス債権回収」にいて、夫の稲田龍示ともども
借金取立代理人をしていたというのではないか。
つまり、稲田朋美は、奥谷禮子と同じ、
宮内義彦の息のかかった子分ともいえる人物である。

その事を知っていて、
いわゆる保守陣営(実際は宗教右派が多数いる)は
彼女を持ち上げるのだろうか?
歴史観は表面的にはなるほどかみ合うだろうが、
しかし、宮内一派の思想は、
伝統的な日本の保守思想ならびに、
バーク、トクヴィルなどの、世界的保守思想とは水と油の、
ある意味、毛沢東やポルポトよりも過激な
伝統および文化破壊をもたらす思想である。
少なくとも人類社会をアトム化させるという部分は
全く同じではないか。
宮内の思想的モデルともいえる、
ミルトン・フリードマンがイデオローグとなった、
チリのピノチェト政権が、
フランス大革命時のロベスピエール派による恐怖政治に
ひけのとらない反対派虐殺や、文化破壊を行ったのも
当然の帰結といえる。

まあ、稲田議員の支持母体に、幸福実現党もいるようだから、
彼女は、表面的には保守のふりをしながら、
内心では国体破壊主義的な思想の持ち主なのかもしれない。
今後も彼女の言動を観察することにしよう。

しかし、このような愛国者の皮をかぶった悪質な売国的な
人物のおかげで、日本国がおかしくされていくのは
なんとか阻止しなければいけない。
少なくとも、ただでさえ悪くなっている靖国神社のイメージが
稲田議員のおかげでさらに悪くなってしまった。
他にも、小泉、竹中、宮内らの息のかかった人物が、
政界、官僚、マスコミ、言論界に散らばっていて、
隙あらばと機会を窺っているのだろう。
(池田信夫、城繁幸etc...)
彼等の悪事を暴くための闘いには、
私も、微力ながら加わる覚悟でいる。

そういえば、石原慎太郎都知事は、
今回、羽毛田宮内庁長官批判にまわったようだ。
政治的意図として、
今回は、文春、新潮、産経陣営に加わるのはまずいと
判断したのだろうが、福田和也はどうするのだろうか。

2009年12月18日金曜日

小沢一郎は岡田英弘理論を理解している

今回の小沢大訪中団の記念写真が、
昨日(17日)の産経新聞の2,3面の上部に、
デカデカと掲載されていた。
反民主のスタンスをとる産経の意図は、
「小沢チルドレンは調子に乗っているぞ」と、
揶揄する目的で載せたのだろうけれども、私はこれを見て
全く違うある考えがうかんだ。

それは、小沢一郎の今回の訪中は、
岡田英弘氏による「朝貢」の定義に従うと、
きわめて理にかなっていて、かつ、日本国の国益にかなった
行為であると判定できるということである。

ここで朝貢と聞いて怒り出す人もいるかもしれないが、
小泉純一郎がブッシュの前で、プレスリーの真似をしたことや、
鳩山首相がオバマ大統領と会見したのも朝貢である。

副島隆彦理論による、世界覇権の米国からBRICS+EUへの
移行への過渡的状況としての米中G2体制下において、
日本国の指導者が、米国に行こうが中国に行こうが、
朝貢になってしまうのが自然ではないのだろうか。

話は戻るが、
今回の訪中団の約630人の人数、胡国家主席との会見、
そして、人民解放軍首脳への苦言といった
今回の小沢一郎の対中国外交は、
岡田英弘氏の、
「中国において、外交問題はすべて内政問題」というテーゼを
小沢氏本人は読んでいるのかどうか分からないが、
理解した上で、日本外交を上手に中国に売りつけるという意味では
成功していると私は感じた。

このことは、岡田英弘氏の「倭国」などに述べられている、
邪馬台国と魏王朝の時代から、
基本的にはほとんど変わっていない
日本と中国の関係の法則性ではないのかと私は思う。
その上で、小沢一郎という政治家は、
中国史における「外交と内政」についての
岡田理論の重要な部分を肌で感じるような行動をとったのでは
ないのだろうか。

これを今回、中国への朝貢だと執拗に攻撃したのが、
安倍晋三をはじめとする、
自民党などの事実上の宗教右派ともいえる
人間たちだった。
これには共産党も荷担している。
前にも書いたが、小泉のブッシュ詣でも朝貢なのに、
小沢訪中のみをを攻撃するこれらの人間たちの言動は
ダブルスタンダードではないのか。

ついさっき今週の週間文春も読んだが、
やたらと小沢批判を載せているくせに、
羽毛田宮内庁長官の小泉元首相との関係や
女系天皇制支持者であることが一言も書かれていない。
それでいて、
福田和也に「小沢は不敬だ!」とコメントさせている。
福田氏は石原都知事の子分だから、
これは石原慎太郎の見解でもあるのだろうが、
本当はこういう人物のことを「君側の女干(かん)」というのでは
ないのだろうか。

2009年12月16日水曜日

羽毛田宮内庁長官は小泉系の人物ではないか

この一連の騒動の中、ネットなどで羽毛田宮内庁長官について調べた。
そもそもこの人物は、小泉政権に長官に任命された元厚生官僚で、
過去にはノーパンしゃぶしゃぶ事件にも関わったらしい。
しかも、天皇は政治的に中立だと自分は言いながら、
06年の皇室典範改正問題では、
小泉元首相の意のままに動いたり、
三笠宮寛仁親王の発言に異議を唱えたりと、
自らは極めて政治的と受け取られる言動を行っている。
しかも小泉純一郎の意のままに、女系支持でも動いている。
これのどこが政治的に中立というのか。

一概に女系天皇論といってもいろいろな考え方で分かれている。
小泉、羽毛田、それに、民主党内で最も反小沢的な動きをする
小宮山洋子などの女系天皇論と、
高森明勅氏や小林よしのり氏などの女系天皇論では、
方向性が全く異なっている。
後者は、天皇制の歴史的な意義を認めつつ、
皇室を後世まで存続させるためには
女系相続もやむをえないとする立場だが、
私の推測では、前者は、天皇制の緩やかな廃止のための一歩
として女系天皇論を主張しているように思える。
 
今回の騒動は、宮内庁の確信犯的な行為に、
自民党が乗っかって小沢、鳩山政権への嫌がらせを行った
というのが真相ではないのだろうか。
今回は共産党もこれに同調している。
やっぱり志位体制になってからの今の共産党は
55年体制~自公体制にかけての体制内野党の体質のままだ。

やっぱりこの羽毛田宮内庁長官は問題のある人物だと思う。
女系天皇容認論支持という極めて政治的なバイアスのかかった
態度をとる人物が、
宮内庁長官という特殊な地位に就いていながら
天皇の政治利用云々をいうのはダブルスタンンダードでは
ないのか?

あと、自民党の谷垣総裁は、なんだかんだいいながら、
習副主席と面会した。
何だ。あれは単なるパフォーマンスではないか。
自民党、宮内庁、及びマスコミに扇動されて
ネット右翼たちが騒いでいることの収拾は
どうつけるつもりなのか?
今回の騒動を、戦前の統帥権干犯問題と同じように
政争の具にしているのは自民党に責任がある。

再度書くが、羽毛田宮内庁長官が、
天皇は政治的に中立であると言いながら、
自分は極めて政治的にバイアスのかかった行為をするのは
非常に問題があると思う。

2009年12月15日火曜日

小沢、鳩山を攻撃する人間たちの天皇政治利用

ここ数ヶ月、全然更新してませんでした。
まあ、どうせ誰も読まないな、と思いつつ...

ここ数日、中国の習近平国家副主席と天皇陛下との会見をめぐって、
自民党や平沼グループの、特に、勝共連合との関係が深い人間たちや、
読売、産経、朝日系マスコミが現民主党政権を攻撃している。
しかし、彼らのここ数年の言動はどうであったというのか?

06年の皇室典範改正問題や、今年(09年)7~8月の
幸福実現党が大統領制を主張した問題については、
当時の彼らはなにをしていたというのだろう?
これらの問題(今回の件よりも重要度が全然大きい)については
何も言っていなかったのに、
なぜ今頃になって天皇の政治利用と言い出すのか、
彼らのやっている事、それこそが天皇の政治利用ではないのか?

ここ数年の皇室についての問題において、全くぶれていなかったのは、
幸福実現党に対して言論戦を挑んだ高森明勅氏など
一部の人達ぐらいだろう。
(最近の小林よしのり氏はこの考え方に転向しつつある。
 その態度は、それはそれで理にかなっていると思う)

他のマスコミ、言論人、政治家は、
ここ数年の自分たちの言動の総括、反省、転向も無しで、
今度の小沢鳩山攻撃に天皇陛下を利用するのは卑怯ではないのか。
特に、安倍元首相は、
自らの統一教会や幸福の科学との関係について、
公共の場で堂々と、周りが納得のいく説明なり釈明をしてから
政治的発言をするのが筋道だろう。

そういえば、
今日も読売、産経には幸福の科学の広告が載っていた。

2009年5月13日水曜日

小沢辞任とナベツネ、小宮山洋子の動き

久しぶりに書きます。

ゴールデンウイーク中に、1991年製作の大河ドラマ「太平記」の
DVDを観ていた。
本当は全話観ようかと思っていたが、さすがに無理だったので、
後醍醐天皇の挙兵のあたりから最終話までを毎晩観ていた。
残りはあとで観るつもりだ。
そのせいか、なんだか辞任に追い込まれた小沢一郎氏の様子が、
笠置山に立てこもって、北条氏の大軍の攻撃を受けている
後醍醐天皇の姿と重なってしまった。
ただし、今の自民党と民主党の関係は北条氏と足利氏の関係にも
よく似ている。

私の勝手な憶測かもしれないが、07年の大連立騒動の頃から、
朝日新聞の船橋洋一一派とグルになって、なんとかして
小沢氏を失脚させようと、常に策略を張り巡らせていた
ナベツネ、氏家の姿は、太平記に出てくる長崎円喜、高資親子に
通じるものを感じる。
辞任会見における小沢氏の、日テレ記者とのやりとりでの発言にも
ナベツネへの批判がこもっていた。

あと、ここからが重要であるが、民主党内部で小宮山洋子議員
(9条改憲派の影に隠れてこそこそと動き回る隠れ1条改憲派)が、
またまた奇妙な動きをしている。
彼女は、06年の皇室典範改正問題では、民主党内部で
小泉政権の別働隊として動いた人間だ。下手な極左共和主義者より
悪質な動きをする人物である。
その人物が、今回は小沢攻撃の急先鋒として動いているという事に
対して、勘のするどい人間だったら気が付くはずだ。

その流れで、城内実氏のブログのコメントを読んで思ったことだが、
彼も属する平沼赳夫氏一派が、この件で第3極としての自分たちの
立場を誇示するために、小沢失脚に加担するような動きをするのなら、
日頃は、貧乏人の味方のふりをしていながら、
何かあると、自民党の別働隊みたいな事を平然と行う(今回もやった)
共産党の「第3極」ぶりとたいして変わらないのではないのか?

小林よしのり氏だってそうだ。
「ゴーマニズム宣言」で小宮山洋子を批判した事があるのに、
今回はやらなくてもいいのか?
皇室典範(本当は1条改憲問題)ならダメで、
小沢つぶしならよいのか?問題は同根ではないのか?
疑問に思う。
SAPIO誌宛てに手紙でも出そうかな。

まだまだ書きたいことがあるけど(森田健作についての件とか)、
今回はここで止めます。

2009年4月1日水曜日

国際資本家と民族資本家、そして福田和也

一部の左翼の中に、
「小沢氏は資本家と手を結んだのだから、小沢は敵だ」
という考えが存在する。
彼らの論理ではそうなるのかもしれないが、
私は違うと考える。
NYを中心とする国際資本家と、それぞれの国にいる民族資本家は
分けて判断するべきだと思う。

世界を食い荒らす国際資本家と、その手先のハゲタカ人間たちが
敵なのに対して、土着の民族資本家たちは基本的には見方として
とらえるべきだと思う。
ただし、古いままの体質ではハゲタカ人間たちに負けてしまう。
土木や建設だけではなく、他の業種に転換したりしながら
新しい時代に生き残っていくように主張するべきだ。
それを理解できない企業は恐竜のように滅んでいくだろう。


話が変わるが、先週の週間文春に載っていた、
福田和也氏の小沢攻撃の文を読んで気になったことがある。
その中で、師である故 江藤淳とのエピソードを書いていたが、
読みながら思ったことがある。
江藤淳とは、晩年には西郷南洲についての文章を書いた、
アメリカ追随に批判的な方向に向かっていった文士だった。
しかし、その弟子である福田氏は、
05年の郵政総選挙のときも中途半端な態度をとったりして、
やっていることが正反対だ。

そして、最近のSPA誌での坪内祐三氏との対談でも、
昔、東京ロッカーズから初期ハードコア、ポジパンにかけて時代の
参加者、または目撃者であった事を自慢するだけで、
60年代に学生運動をやっていた事を鼻にかける、
一回り上の世代にやることが似てきた感じがする。
そもそも、パンクってそういう態度に対して
NOを突きつける存在ではなかったのか?
(少し違うが、ヒッピーやビートニクも本質の部分は同じ)


今週の日曜日、千葉県知事に森田健作氏が当選したニュースを
テレビで観ていて、11年前に公式には自殺とされた、
新井将敬氏(愛国者。出自は関係ない)
の奇妙な死のことを思い出した。