今回の全国知事会に出席した石原慎太郎都知事が、
鳩山首相のやり方はナンセンスだという趣旨の発言を
マスコミ向けに行ったが、
彼のお膝元の横田基地問題では、
知事初当選から10年以上たってもほとんど進展がない
公約破り状態になっている。
それにくらべたら、今回は敗れたにせよ、
鳩山首相は、就任1年以内のこの時点で、
アメリカと愚直に正面から交渉した姿勢が、
沖縄県民だけでなく日本国民すべてに対して
真摯な態度ではないのかと私は感じた。
石原都知事が1999年に初当選したときの公約の一つに、
横田基地のアメリカからの返還および、
民軍共用にして成田、羽田に次ぐ首都圏の第三の国際空港化という
ものがあったが、
今ではほとんど無かったかのように扱われている。
マスコミ的に言えば、この公約を支持して彼に投票した人達に
対する説明責任を石原都知事は果たしていない。
この二つの件を比較して、
石原慎太郎は、本当は民族派の皮をかぶったポチ保守なのだなと
判断して、離れていく元支持者も一部だろうがいるのではないか。
私も昔はそうだったから、
片田舎から中央の動きを観察していて
多分そうなるだろうと判断している。
2010年5月28日金曜日
2010年5月22日土曜日
太田光と中沢新一の関係は今どうなっているのか?
昨日の晩、父親が居間のテレビで太田総理を観ていたが、
それを隣の台所で聞きながらふと思ったことがあった。
私はこの番組が嫌いなので、最近は全く観ていない。
その理由として、
数年前に、「憲法九条を世界遺産に」という本を
中沢新一との共著として出した人物として、
最近のこの番組での言動が、
ほとんど転向といってもいいほどぶれていると感じるからだ。
もともと新左翼よりも古い、
1950年代的左翼といってもよいぐらいの
思想傾向の持ち主だった彼が、
最近では、竹中平蔵ばりの新自由主義者か
宗教右翼の人間にすら感じられる。
たぶんナベツネの圧力なんだろうが、
読売新聞本体や、たちあがれ日本が改憲を唱えだしたら、
太田光自身が改憲論を言い出す可能性がある。
その上で、太田光と中沢新一との関係は
今どうなっているのだろうかと考えてみた。
現在では、昔に比べて二人の関係が
ギクシャクしている可能性がありうると思ったことがある。
昨年(09年)2月、
NHKの爆問学問に藤枝守が出演したときの
互いに話が噛み合わない微妙な放送を観た時の印象から
今に思えばそう感じられるのだ。
藤枝氏の著書「響きの考古学」の
平凡社ライブラリー版の解説を中沢新一が書いている。
他にも一緒に仕事をしたことがあるので、
藤枝氏は中沢人脈に連なる人物と判断できる。
太田光はこのことを分かっていて、
このような態度に出たのかなと私は推測した。
そういえば、話は変わるが、
一部で有名なあの三宝会という団体名の「三宝」が
仏教用語なのがすごく気になった。
新聞やテレビなどの中枢にも、
いわゆる「保守のカルト汚染」と同じ現象が
起こっている可能性が考えられる。
これからも、マスコミの報道にどのようなバイアスが
かかっているのか、観察していこうと思っている。
それを隣の台所で聞きながらふと思ったことがあった。
私はこの番組が嫌いなので、最近は全く観ていない。
その理由として、
数年前に、「憲法九条を世界遺産に」という本を
中沢新一との共著として出した人物として、
最近のこの番組での言動が、
ほとんど転向といってもいいほどぶれていると感じるからだ。
もともと新左翼よりも古い、
1950年代的左翼といってもよいぐらいの
思想傾向の持ち主だった彼が、
最近では、竹中平蔵ばりの新自由主義者か
宗教右翼の人間にすら感じられる。
たぶんナベツネの圧力なんだろうが、
読売新聞本体や、たちあがれ日本が改憲を唱えだしたら、
太田光自身が改憲論を言い出す可能性がある。
その上で、太田光と中沢新一との関係は
今どうなっているのだろうかと考えてみた。
現在では、昔に比べて二人の関係が
ギクシャクしている可能性がありうると思ったことがある。
昨年(09年)2月、
NHKの爆問学問に藤枝守が出演したときの
互いに話が噛み合わない微妙な放送を観た時の印象から
今に思えばそう感じられるのだ。
藤枝氏の著書「響きの考古学」の
平凡社ライブラリー版の解説を中沢新一が書いている。
他にも一緒に仕事をしたことがあるので、
藤枝氏は中沢人脈に連なる人物と判断できる。
太田光はこのことを分かっていて、
このような態度に出たのかなと私は推測した。
そういえば、話は変わるが、
一部で有名なあの三宝会という団体名の「三宝」が
仏教用語なのがすごく気になった。
新聞やテレビなどの中枢にも、
いわゆる「保守のカルト汚染」と同じ現象が
起こっている可能性が考えられる。
これからも、マスコミの報道にどのようなバイアスが
かかっているのか、観察していこうと思っている。
2010年5月17日月曜日
能楽堂ライヴに行って
昨日(17日)、大仙市協和にある唐松神社近くの能楽堂で
行われたライヴを観に行ってきた。
ディジュリドゥ奏者の玄武という人と、
フォークトロニカの2人組バンドHerr(ヒア)の
二組の演奏だったが、会場への到着が予定よりも1時間近く
遅れてしまい、1ステージ目の玄武の演奏は到着と同時に終了。
休憩を挟んで次のHerrの演奏がスタート。
歌ものの弾き語り+空間系エフェクターを多用したギターに
時折シンセなどの効果音が入る。
曲によっては、歌詞が私小説フォーク的なところもあったりして、
個人的にはどうかなという所もあったが、最後の曲は良かった。
その後、また休憩をはさんで、
玄武とHerrのジャムセッションがスタート。
これはアンビエントかつミニマルで、
途中、ギターとシンセの絡みが
マニエル・ゴッチングをイメージさせたりもして、
それはそれで面白かった。
休憩中、バンドのメンバーとは少し会話をしたが、
この手の音楽性(音響系以降)のバンドは、
秋田市や盛岡市などの都市部は別として、
このあたりではほとんどいないらしい。
多分そうだろうな。
私も、バンドメンバー募集の広告を出したことがあるが、
2人ぐらいしか連絡がこなかった。
その日は夜にもイベントがあったようだが、
そちらには顔を出さずに帰宅の途についた。
行われたライヴを観に行ってきた。
ディジュリドゥ奏者の玄武という人と、
フォークトロニカの2人組バンドHerr(ヒア)の
二組の演奏だったが、会場への到着が予定よりも1時間近く
遅れてしまい、1ステージ目の玄武の演奏は到着と同時に終了。
休憩を挟んで次のHerrの演奏がスタート。
歌ものの弾き語り+空間系エフェクターを多用したギターに
時折シンセなどの効果音が入る。
曲によっては、歌詞が私小説フォーク的なところもあったりして、
個人的にはどうかなという所もあったが、最後の曲は良かった。
その後、また休憩をはさんで、
玄武とHerrのジャムセッションがスタート。
これはアンビエントかつミニマルで、
途中、ギターとシンセの絡みが
マニエル・ゴッチングをイメージさせたりもして、
それはそれで面白かった。
休憩中、バンドのメンバーとは少し会話をしたが、
この手の音楽性(音響系以降)のバンドは、
秋田市や盛岡市などの都市部は別として、
このあたりではほとんどいないらしい。
多分そうだろうな。
私も、バンドメンバー募集の広告を出したことがあるが、
2人ぐらいしか連絡がこなかった。
その日は夜にもイベントがあったようだが、
そちらには顔を出さずに帰宅の途についた。
2010年5月12日水曜日
三宅久之、第3極あるいは第3党
今週の月曜に、テレビをつけたまま履歴書を書いていると、
TVタックルが始まって、
三宅久之がしれーっと何事も無かったかのように出演していて、
いつものように厚顔無恥に話しているのを観て、
私は途中で不愉快になってテレビを消した。
彼は、例の野中広務発言から始まった機密費疑惑には
一切触れずに、これからもテレビに出演し続けるのだろうか。
日曜日のやしきたかじんの番組は、
この前は、私の地元ではマラソンのため放送していなかったが、
他の地域ではどうだったのだろうか?
宮崎哲弥も同じだ。
こんな内容の番組ばっかりたれ流すのだったら、
テレビは滅んでも仕方がないと思う。
それこそ自業自得または自己責任そのものではないか。
話は変わるが、新聞やテレビで、
イギリスの第3党である自民党の報道をやたらに目にするが、
アメリカの第3極または第3党としての
ティーパーティーの運動については、
私が知っている限りでは、読売新聞が一度だけ報道しただけで、
日本では、ネット言論を除いてはほとんど目にすることはない。
90年代のロス・ペローの改革党の運動や、
ゼロ年代初頭の緑の党と比べても、
全然報道されない。
イギリスの自民党は元々ホイッグ党~自由党の流れなので、
トーリー党が前身の保守党と連立することで、
無産政党である労働党に対する有産階級の政党として、
本当の意味での二大政党制になるのではないのかと
思うのだが。
話が戻って、
92年頃、音楽雑誌「クロスビート」の
ソニック・ユースのインタビューで、
個人名は思い出せないのだが、
メンバーが、ロス・ペローの運動について聞かれたとき、
あれはレッドネックの運動で、パパブッシュよりも
悪いという趣旨の発言をしていたのを記憶している。
当時は、私はその本当の意味を理解していなかったが、
いまでは、リベラルで進歩的な都市住民達が
本音では、田舎の人間達を蔑視しているのではないかという
象徴的な発言だったのだなと感じるようになった。
日本でも本当はそうなのではないか。
田舎住民がそう思われても仕方ない部分はあるのは
事実だが、
都市と田舎の両方の人間達を見てきた私は、
もやもやとした、何か釈然としないものを感じている。
TVタックルが始まって、
三宅久之がしれーっと何事も無かったかのように出演していて、
いつものように厚顔無恥に話しているのを観て、
私は途中で不愉快になってテレビを消した。
彼は、例の野中広務発言から始まった機密費疑惑には
一切触れずに、これからもテレビに出演し続けるのだろうか。
日曜日のやしきたかじんの番組は、
この前は、私の地元ではマラソンのため放送していなかったが、
他の地域ではどうだったのだろうか?
宮崎哲弥も同じだ。
こんな内容の番組ばっかりたれ流すのだったら、
テレビは滅んでも仕方がないと思う。
それこそ自業自得または自己責任そのものではないか。
話は変わるが、新聞やテレビで、
イギリスの第3党である自民党の報道をやたらに目にするが、
アメリカの第3極または第3党としての
ティーパーティーの運動については、
私が知っている限りでは、読売新聞が一度だけ報道しただけで、
日本では、ネット言論を除いてはほとんど目にすることはない。
90年代のロス・ペローの改革党の運動や、
ゼロ年代初頭の緑の党と比べても、
全然報道されない。
イギリスの自民党は元々ホイッグ党~自由党の流れなので、
トーリー党が前身の保守党と連立することで、
無産政党である労働党に対する有産階級の政党として、
本当の意味での二大政党制になるのではないのかと
思うのだが。
話が戻って、
92年頃、音楽雑誌「クロスビート」の
ソニック・ユースのインタビューで、
個人名は思い出せないのだが、
メンバーが、ロス・ペローの運動について聞かれたとき、
あれはレッドネックの運動で、パパブッシュよりも
悪いという趣旨の発言をしていたのを記憶している。
当時は、私はその本当の意味を理解していなかったが、
いまでは、リベラルで進歩的な都市住民達が
本音では、田舎の人間達を蔑視しているのではないかという
象徴的な発言だったのだなと感じるようになった。
日本でも本当はそうなのではないか。
田舎住民がそう思われても仕方ない部分はあるのは
事実だが、
都市と田舎の両方の人間達を見てきた私は、
もやもやとした、何か釈然としないものを感じている。
2010年1月15日金曜日
マスコミこそ説明責任があるのではないのか?
昨日と今日(14,15日)の、
新聞各紙の小沢一郎に関する記事を読んでみた。
朝日、読売、産経、日経及び、
地方紙(河北新報、秋田魁新報)では、
今回の検察の強制捜査の理由は、平成16年(2004年)の
4億円が不記載であるためということになっている。
毎日だけは金額および理由が異なっている。
ほかにも、テレビやネット上では、色々な情報が入り乱れている。
ただ、基本的には、ほとんどの新聞では4億円が不記載であるとの
断定がされている。
この件については、
今月10日のサンデープロジェクトの番組内で、
郷原信郎氏が2004年度官報に記載されていると、
官報のコピーを見せたことが知れ渡っているのに、
新聞各紙は、これを無かった事にしようとしている。
しかも、この件が広まると、
17年度の4億円も含めて8億円だと書き出したりして、
まるで、小沢氏の政治資金全体がいけないという
問題にすりかえられているとしか思えない。
これではロッキード事件と同じではないのか。
それでは新聞業界が山本一太議員に献金した3千万円は
問題は全くないのだろうか。
この件についてのマスコミからの説明は聞いたことが無い。
ほかにもいるだろうが、それらと小沢氏の政治資金との違い
についてマスコミには説明責任がある。
小室直樹氏が、ロッキード事件の時の報道について、
法律の議論と、立憲の本義(議会政治の原則)と、
倫理の議論とが混同されていると書いたことがあるが、
今回も、マスコミと検察は同じことを行っていると思える。
マスコミと検察が、民主的に選ばれた政治家をターゲットにして、
失脚に追い込むというやり方は、
昨年のホンジュラスの大統領亡命を思い起こさせる。
中南米や東南アジアで軍部が行っていることを、
日本では、検察、警察、マスコミが行っている。
政治資金の件に戻るが、
そもそも個人としての政治家の政治資金を
規制してしまったら、
公明党のような宗教政党や、
共産党のような前衛党タイプの政党しか
政治活動ができなくなってしまうではないか。
これでは民主主義が窒息してしまう。
そのせいか、現在の自民党は宗教右翼とレイシストを
支持基盤とする政党になってしまった。
新聞各紙の小沢一郎に関する記事を読んでみた。
朝日、読売、産経、日経及び、
地方紙(河北新報、秋田魁新報)では、
今回の検察の強制捜査の理由は、平成16年(2004年)の
4億円が不記載であるためということになっている。
毎日だけは金額および理由が異なっている。
ほかにも、テレビやネット上では、色々な情報が入り乱れている。
ただ、基本的には、ほとんどの新聞では4億円が不記載であるとの
断定がされている。
この件については、
今月10日のサンデープロジェクトの番組内で、
郷原信郎氏が2004年度官報に記載されていると、
官報のコピーを見せたことが知れ渡っているのに、
新聞各紙は、これを無かった事にしようとしている。
しかも、この件が広まると、
17年度の4億円も含めて8億円だと書き出したりして、
まるで、小沢氏の政治資金全体がいけないという
問題にすりかえられているとしか思えない。
これではロッキード事件と同じではないのか。
それでは新聞業界が山本一太議員に献金した3千万円は
問題は全くないのだろうか。
この件についてのマスコミからの説明は聞いたことが無い。
ほかにもいるだろうが、それらと小沢氏の政治資金との違い
についてマスコミには説明責任がある。
小室直樹氏が、ロッキード事件の時の報道について、
法律の議論と、立憲の本義(議会政治の原則)と、
倫理の議論とが混同されていると書いたことがあるが、
今回も、マスコミと検察は同じことを行っていると思える。
マスコミと検察が、民主的に選ばれた政治家をターゲットにして、
失脚に追い込むというやり方は、
昨年のホンジュラスの大統領亡命を思い起こさせる。
中南米や東南アジアで軍部が行っていることを、
日本では、検察、警察、マスコミが行っている。
政治資金の件に戻るが、
そもそも個人としての政治家の政治資金を
規制してしまったら、
公明党のような宗教政党や、
共産党のような前衛党タイプの政党しか
政治活動ができなくなってしまうではないか。
これでは民主主義が窒息してしまう。
そのせいか、現在の自民党は宗教右翼とレイシストを
支持基盤とする政党になってしまった。
2009年12月20日日曜日
稲田朋美は宮内義彦の子分か?
今回の宮中騒動で、羽毛田宮内庁長官の、
小泉純一郎の息のかかった人物であり、
かつ、長州人脈(長州閥)であるという正体を知り、
そういえばと思い出したので、調べたことがある。
それは、昨年(08年)映画「靖国」を政治問題化させた
火付け役であり、福井県1区選出の衆議院議員である
稲田朋美という人物についてである。
早速、調べてみたのだが、
なんとこの人物は、オリックスの100%子会社である
「オリックス債権回収」にいて、夫の稲田龍示ともども
借金取立代理人をしていたというのではないか。
つまり、稲田朋美は、奥谷禮子と同じ、
宮内義彦の息のかかった子分ともいえる人物である。
その事を知っていて、
いわゆる保守陣営(実際は宗教右派が多数いる)は
彼女を持ち上げるのだろうか?
歴史観は表面的にはなるほどかみ合うだろうが、
しかし、宮内一派の思想は、
伝統的な日本の保守思想ならびに、
バーク、トクヴィルなどの、世界的保守思想とは水と油の、
ある意味、毛沢東やポルポトよりも過激な
伝統および文化破壊をもたらす思想である。
少なくとも人類社会をアトム化させるという部分は
全く同じではないか。
宮内の思想的モデルともいえる、
ミルトン・フリードマンがイデオローグとなった、
チリのピノチェト政権が、
フランス大革命時のロベスピエール派による恐怖政治に
ひけのとらない反対派虐殺や、文化破壊を行ったのも
当然の帰結といえる。
まあ、稲田議員の支持母体に、幸福実現党もいるようだから、
彼女は、表面的には保守のふりをしながら、
内心では国体破壊主義的な思想の持ち主なのかもしれない。
今後も彼女の言動を観察することにしよう。
しかし、このような愛国者の皮をかぶった悪質な売国的な
人物のおかげで、日本国がおかしくされていくのは
なんとか阻止しなければいけない。
少なくとも、ただでさえ悪くなっている靖国神社のイメージが
稲田議員のおかげでさらに悪くなってしまった。
他にも、小泉、竹中、宮内らの息のかかった人物が、
政界、官僚、マスコミ、言論界に散らばっていて、
隙あらばと機会を窺っているのだろう。
(池田信夫、城繁幸etc...)
彼等の悪事を暴くための闘いには、
私も、微力ながら加わる覚悟でいる。
そういえば、石原慎太郎都知事は、
今回、羽毛田宮内庁長官批判にまわったようだ。
政治的意図として、
今回は、文春、新潮、産経陣営に加わるのはまずいと
判断したのだろうが、福田和也はどうするのだろうか。
小泉純一郎の息のかかった人物であり、
かつ、長州人脈(長州閥)であるという正体を知り、
そういえばと思い出したので、調べたことがある。
それは、昨年(08年)映画「靖国」を政治問題化させた
火付け役であり、福井県1区選出の衆議院議員である
稲田朋美という人物についてである。
早速、調べてみたのだが、
なんとこの人物は、オリックスの100%子会社である
「オリックス債権回収」にいて、夫の稲田龍示ともども
借金取立代理人をしていたというのではないか。
つまり、稲田朋美は、奥谷禮子と同じ、
宮内義彦の息のかかった子分ともいえる人物である。
その事を知っていて、
いわゆる保守陣営(実際は宗教右派が多数いる)は
彼女を持ち上げるのだろうか?
歴史観は表面的にはなるほどかみ合うだろうが、
しかし、宮内一派の思想は、
伝統的な日本の保守思想ならびに、
バーク、トクヴィルなどの、世界的保守思想とは水と油の、
ある意味、毛沢東やポルポトよりも過激な
伝統および文化破壊をもたらす思想である。
少なくとも人類社会をアトム化させるという部分は
全く同じではないか。
宮内の思想的モデルともいえる、
ミルトン・フリードマンがイデオローグとなった、
チリのピノチェト政権が、
フランス大革命時のロベスピエール派による恐怖政治に
ひけのとらない反対派虐殺や、文化破壊を行ったのも
当然の帰結といえる。
まあ、稲田議員の支持母体に、幸福実現党もいるようだから、
彼女は、表面的には保守のふりをしながら、
内心では国体破壊主義的な思想の持ち主なのかもしれない。
今後も彼女の言動を観察することにしよう。
しかし、このような愛国者の皮をかぶった悪質な売国的な
人物のおかげで、日本国がおかしくされていくのは
なんとか阻止しなければいけない。
少なくとも、ただでさえ悪くなっている靖国神社のイメージが
稲田議員のおかげでさらに悪くなってしまった。
他にも、小泉、竹中、宮内らの息のかかった人物が、
政界、官僚、マスコミ、言論界に散らばっていて、
隙あらばと機会を窺っているのだろう。
(池田信夫、城繁幸etc...)
彼等の悪事を暴くための闘いには、
私も、微力ながら加わる覚悟でいる。
そういえば、石原慎太郎都知事は、
今回、羽毛田宮内庁長官批判にまわったようだ。
政治的意図として、
今回は、文春、新潮、産経陣営に加わるのはまずいと
判断したのだろうが、福田和也はどうするのだろうか。
2009年12月18日金曜日
小沢一郎は岡田英弘理論を理解している
今回の小沢大訪中団の記念写真が、
昨日(17日)の産経新聞の2,3面の上部に、
デカデカと掲載されていた。
反民主のスタンスをとる産経の意図は、
「小沢チルドレンは調子に乗っているぞ」と、
揶揄する目的で載せたのだろうけれども、私はこれを見て
全く違うある考えがうかんだ。
それは、小沢一郎の今回の訪中は、
岡田英弘氏による「朝貢」の定義に従うと、
きわめて理にかなっていて、かつ、日本国の国益にかなった
行為であると判定できるということである。
ここで朝貢と聞いて怒り出す人もいるかもしれないが、
小泉純一郎がブッシュの前で、プレスリーの真似をしたことや、
鳩山首相がオバマ大統領と会見したのも朝貢である。
副島隆彦理論による、世界覇権の米国からBRICS+EUへの
移行への過渡的状況としての米中G2体制下において、
日本国の指導者が、米国に行こうが中国に行こうが、
朝貢になってしまうのが自然ではないのだろうか。
話は戻るが、
今回の訪中団の約630人の人数、胡国家主席との会見、
そして、人民解放軍首脳への苦言といった
今回の小沢一郎の対中国外交は、
岡田英弘氏の、
「中国において、外交問題はすべて内政問題」というテーゼを
小沢氏本人は読んでいるのかどうか分からないが、
理解した上で、日本外交を上手に中国に売りつけるという意味では
成功していると私は感じた。
このことは、岡田英弘氏の「倭国」などに述べられている、
邪馬台国と魏王朝の時代から、
基本的にはほとんど変わっていない
日本と中国の関係の法則性ではないのかと私は思う。
その上で、小沢一郎という政治家は、
中国史における「外交と内政」についての
岡田理論の重要な部分を肌で感じるような行動をとったのでは
ないのだろうか。
これを今回、中国への朝貢だと執拗に攻撃したのが、
安倍晋三をはじめとする、
自民党などの事実上の宗教右派ともいえる
人間たちだった。
これには共産党も荷担している。
前にも書いたが、小泉のブッシュ詣でも朝貢なのに、
小沢訪中のみをを攻撃するこれらの人間たちの言動は
ダブルスタンダードではないのか。
ついさっき今週の週間文春も読んだが、
やたらと小沢批判を載せているくせに、
羽毛田宮内庁長官の小泉元首相との関係や
女系天皇制支持者であることが一言も書かれていない。
それでいて、
福田和也に「小沢は不敬だ!」とコメントさせている。
福田氏は石原都知事の子分だから、
これは石原慎太郎の見解でもあるのだろうが、
本当はこういう人物のことを「君側の女干(かん)」というのでは
ないのだろうか。
昨日(17日)の産経新聞の2,3面の上部に、
デカデカと掲載されていた。
反民主のスタンスをとる産経の意図は、
「小沢チルドレンは調子に乗っているぞ」と、
揶揄する目的で載せたのだろうけれども、私はこれを見て
全く違うある考えがうかんだ。
それは、小沢一郎の今回の訪中は、
岡田英弘氏による「朝貢」の定義に従うと、
きわめて理にかなっていて、かつ、日本国の国益にかなった
行為であると判定できるということである。
ここで朝貢と聞いて怒り出す人もいるかもしれないが、
小泉純一郎がブッシュの前で、プレスリーの真似をしたことや、
鳩山首相がオバマ大統領と会見したのも朝貢である。
副島隆彦理論による、世界覇権の米国からBRICS+EUへの
移行への過渡的状況としての米中G2体制下において、
日本国の指導者が、米国に行こうが中国に行こうが、
朝貢になってしまうのが自然ではないのだろうか。
話は戻るが、
今回の訪中団の約630人の人数、胡国家主席との会見、
そして、人民解放軍首脳への苦言といった
今回の小沢一郎の対中国外交は、
岡田英弘氏の、
「中国において、外交問題はすべて内政問題」というテーゼを
小沢氏本人は読んでいるのかどうか分からないが、
理解した上で、日本外交を上手に中国に売りつけるという意味では
成功していると私は感じた。
このことは、岡田英弘氏の「倭国」などに述べられている、
邪馬台国と魏王朝の時代から、
基本的にはほとんど変わっていない
日本と中国の関係の法則性ではないのかと私は思う。
その上で、小沢一郎という政治家は、
中国史における「外交と内政」についての
岡田理論の重要な部分を肌で感じるような行動をとったのでは
ないのだろうか。
これを今回、中国への朝貢だと執拗に攻撃したのが、
安倍晋三をはじめとする、
自民党などの事実上の宗教右派ともいえる
人間たちだった。
これには共産党も荷担している。
前にも書いたが、小泉のブッシュ詣でも朝貢なのに、
小沢訪中のみをを攻撃するこれらの人間たちの言動は
ダブルスタンダードではないのか。
ついさっき今週の週間文春も読んだが、
やたらと小沢批判を載せているくせに、
羽毛田宮内庁長官の小泉元首相との関係や
女系天皇制支持者であることが一言も書かれていない。
それでいて、
福田和也に「小沢は不敬だ!」とコメントさせている。
福田氏は石原都知事の子分だから、
これは石原慎太郎の見解でもあるのだろうが、
本当はこういう人物のことを「君側の女干(かん)」というのでは
ないのだろうか。
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